おすかわ平凡日常記

整え続ける日々

地獄からサウナへ

たしかにわたしは周囲の人々を敵だと見なしているのかもしれません。いつどこから攻撃の矢が飛んでくるか、恐ろしくてたまらない。いつも他者から監視され、厳しい評価にさらされ、攻撃されるのだと思っている。 岸見一郎 古賀史健『嫌われる勇気』 わたした…

優れているかのように振る舞うだけの日々になっていないか

哲人 「できない自分」を受け入れられない。そうなると人は、もっと安直な手段によって補償しようと、考えます。 青年 どうやって? 哲人 あたかも自分が優れているかのように振る舞い、偽りの優越感に浸るのです。 「わたし」が優れていたり、特別であった…

交差点で怒鳴り散らしているおっちゃんとの共通点

人は誰しも、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味づけをほどこした主観的な世界に住んでいます。あなたが見ている世界は、わたしが見ている世界とは違うし、およそ誰とも共有しえない世界でしょう。 岸見一郎 古賀史健『嫌われる勇気』 先日、友…

自分の思い込みが先にある

親として幼い子の子育てをしていると、子どもが何をしても天才に見えてきます。「3歳でお手伝いができる」「3歳で電話がかけられる」「3歳でひとりでトイレに行ける」「3歳で童謡の歌詞が憶えられる」など、なんでも「うちの子は天才である」という主張の根…

整えるための音読習慣

先日、音読している本を読み終えた。 音読していたのは Steig Larsson の “THE GIRL WHO PLAYED WITH FIRE”。 日本ではミレニアムシリーズの第2部『火と戯れる女』だ。 音読はほぼ毎日15分行った。 9月くらいから始めて、ようやく今月読み終えた。 自分にと…

消費をやめるための整理

なかでもボードリヤールが注目するのは労働である。現在では労働までもが消費の対象になっている。どういうことかと言うと、労働はいまや、忙しさという価値を消費する行為になっているというのだ。「一日に一五時間も働くことが自分の義務だと考えている社…

「へん=非常識」を排除しようとする癖が苦しみをもたらしてしまう

「へんじゃない」は「自分はへんじゃない」という理由だけで、「へん」という「もう一つ別の立場」を公然と排除してしまう。その結果、「へんじゃない=自分=正しい」の一つだけになって、自分を検討するために存在するはずの批判的な視点をなくしてしまう…

何かを欲しいと思った時に想像していること

消費者の側に欲しい物があって、それを生産者が供給するなどというのはまったくの事実誤認である。 たとえば数年前まで問題なく使っていたパソコンとそのソフト。なぜそれをいまも使うことができないのか? ソフト会社が「こんどのバージョンにはこんな機能…

お金に余裕ができにくのはなぜなのか

お金に余裕ができにくい理由 使わないものにお金を使っている 使っていないものは捨てる 捨てたくなければ使う 記号や観念や意味といった漠然としたものにお金を使っている まとめ 浪費は満足をもたらす。理由は簡単だ。物を受け取ること、吸収することには…

鬼を追い出す思考パッターン

あの姿を見てたら、アンさんがカミングアウトできなかった気持ちが痛いほどわかった。アンさんはきっと、すごく辛かったと思う。 アンさんは苦しんでいた。自分の心と体のカイリに、それを母親に告白できない葛藤に、きっとずっと苦しんでいたのだ。繰り返さ…

結局、思考パッターン

未成熟な人間が、この心理的な段階で、あいかわらず権力や暴力といった枠組にとらわれた心的態度を見せることがしばしば観察された。そういう人びとは、今や解放された者として、今度は自分が力と自由を意のままに、とことんためらいもなく行使していいのだ…

自分に寛容じゃないと息苦しくなるだけや

収容所監視者だということ、あるいは逆に被収容者だということだけでは、ひとりの人間についてはなにも語ったことにはならないということだ。人間らしい善意はだれにでもあり、全体として断罪される可能性の高い集団にも、善意の人はいる。境界線は集団を超…

自分ではないものに振り回されないようにモノを捨てる

精神の自由などいつでも奪えるのだと威嚇し、自由も尊厳も放棄して外的な条件に弄ばれるたんなるモノとなりはて、「典型的な」被収容者へと焼き直されたほうが身のためだと誘惑する環境の力の前にひざまずいて堕落に甘んじるか、あるいは拒否するか、という…

相手に求めるハードルが高すぎて自分が苦しむ

身内を特別扱いした厨房係を責めるつもりはない。だれもが遅かれ早かれ生死の分かれ目に立たされるという状況で友達を優遇した人間に、だれが石を投げる気になるだろう。石を手にするなら、自分がその立場だったらやはりそうしないだろうか、と胸に手を当て…

人からの悪口は「相手にはそう見えているだけ」で受け流す

現場監督がなにも知らないくせにわたしの人生を決めつけるのをただ聞いているしかなかったとき、わたしはかっと頭に血がのぼった。 ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』 私たちは相手のことをありのままに捉えているようで、実際は自分の中で相手を決めつ…

番号だけの自分を大事にできるか

大多数の被収容者は、言うまでもなく、劣等感にさいなまれていた。それぞれが、かつては「なにほどかの者」だったし、すくなくともそう信じていた。ところが今ここでは、文字通りまるで番号でしかないように扱われる(より本質的な領域つまり精神性に根ざす…

役に立つとか立たないとか関係なく大事にしていけ

誰の、なんの役にも立っていない自分に価値があるとは思えない。 凪良ゆう『汝、星のごとく』 世の中には無職の人を価値がない人間として見て、「役立たず」と言って責め立てる人がいる。 そして、無職の人の中にも自分は何の役にも立っていないとして、自分…

他人からの評価で自分の価値を規定しようとしていないか

父親に捨てられた子供、婚期を逃した娘という哀れみとはまったく逆に歯車が回り、若い子たちからは憧れの目で見られ、同年代からはやんわりと牽制され、年配の人たちはわたしをどう扱ったらいいのか戸惑っている。けれどわたしは本当に変わったのだろうか。 …

「勝てば認められる」わけでは全然ない

仮に論破できたとしても、信頼されるどころか恨まれかねませんし、論理的に説得できたからといって人が動くわけではありません。 頭のいい人は、議論の勝ち負けではなく、議論の奥にある、本質的な課題を見極めようとします。 議論になるのは、その人の根底…

都合の悪いものは消し去ろうとする思考パッターンが苦しみを生む

確証バイアスとは、自分の都合のいい情報ばかり集めて、自分にとって都合の悪い情報は無視する傾向のことです。人間は見たい世界しか見ないのです。 安達裕哉『頭のいい人が話す前に考えていること』 このような人間は、過酷きわまる外的条件が人間の内的成…

自己肯定感の高め方

自尊心とは、自分で自分を尊重し、受け入れる態度のことです。自尊心が低いと自分で自分を肯定できないため、他者の承認が必要になってくるのです。 安達裕哉『頭のいい人が話す前に考えていること』 自尊心というのは自分を大事にするということなのだけれ…

思い込みの中で苦しんでいるだけ

けれど本当にわたしがつらかったのは、侮られる程度の自分でしかないという現実だったんだろう。わたしが今のわたしに価値を見いだせない。だから言いたいことも言えず、飲み込んだ自身の不満で自家中毒を起こしている。 そう考えると、問題の根本は自分なの…

結果論から正しいところに立とうとしていないか

後知恵バイアスというのは、その結果を知ったから判断しているのに、あたかもその結果を知る前から予測していたように考えてしまう心理状況です。 安達裕哉『頭のいい人が話す前に考えていること』 政治や社会について発言するのは簡単なのだ。いまの政治や…

「世間」も「人」も結局自分の幻想、というか自分。

どんなに圧倒的な結果を出してきた優秀な人であっても、 「嫌われることが不安で怖い」 と言います。 安藤広大『とにかく仕組み化』 人から嫌われるかもしれないと想像して言いたいことが言えなかったり、やりたいことができなかったりすることは多いのだけ…

人から責められたくないからやっていることは身につかない

「なぜミスしたんだ?」と、”個人”を責めるか。 「どうすれば防げたのだろう」と、”仕組み”を責めるか。 安藤広大『とにかく仕組み化』 私たちは物事が思い通りにならなかった時に、まずはその原因となったであろう悪人を探し出し、その悪人を責めることによ…

2023年に読んで良かった本5選

そういえば2023年に読んでよかったなーと思えた本は以下の5冊。 (とはいっても、2023年に読んだ本はどれもよくて、その都度良い時間を過ごすことができた) 1 保坂和志『人生を感じる時間』2 保坂和志『いつまでも考える、ひたすら考える』3 國分功一郎…

モノサシさえ捻じ曲げる

評価するべきものを評価する。 評価するべきでないものを評価しない。 企業理念に近づくことは、よい 企業理念から遠ざかることは、ダメ 安藤広大『とにかく仕組み化』 組織におけるモノサシは「企業理念」であり、その企業理念というものはテンプレ式に作る…

「動くことは損」という奴隷的な発想

「主人」と「奴隷」というラベルはまったくあべこべに逆転するべきものである。一組のペアが安定したパターンに落ち着いたときにはいつでも、「主人」すなわち「搾取する」役割を演じることになったブタは、ほかのすべての点で劣位の個体であった。いわゆる…

自分のコピーと協力できるか

ESSとは自分自身のコピーにたいしてうまく対抗できる戦略のことであると。その根拠を以下に述べる。成功する戦略とは、個体群の中で支配的となる戦略である。したがって、それ自身のコピーと出会うようになる。したがってまた、それは自分自身のコピーとうま…

日常は実はノンゼロサム

妬み屋であるというのは、絶対的に多額の金を胴元からせしめることよりも、相手のプレイヤーよりも多くの金額を得ようと努力することを意味する。妬み屋ではないということは、たとえ相手のプレイヤーがあなたと同じだけの金を得たとしても、それによって二…