人は否定語を受け取るのが難しい。
言葉としての指示を理性的に判断し行動するよりも、脳内にイメージしたことを実現しようとする習性のほうが、強く働くことがあるのだ。
この人間の習性を上手に活用するのが、会社のビジョンであったり、コーチングで未来をイメージする、という行為だ。
望む未来をありありとイメージすればするほど、その実現可能性は高まると言われている。
櫻井将『まず、ちゃんと聴く。コミュニケーションの質が変わる「聴く」と「伝える」の黄金比』
何かをイッメージすること、何らかのビッジョーンを持つことはとても大切なのだけれど、そのイッメージなりビッジョーンの根本的な出どころを考える必要がある。
そもそもそれは肯定的で温かいものから生まれたイッメージなのか、否定的で冷たいものを回避するためのイッメージなのか。
根本がプラスなのか、それとも根本はマイナスでそのマイナスを打ち消すためにマイナス✕マイナスでプラスにしているものなのか。
「砂浜で、2人の男女が手を繋いで歩いているところを、想像しないでください」と言われたら想像してしまう。やるなと言われたら、やってしまう。
あることを打ち消そうするということは、その「あること」をイッメージすることになり、そうしてイッメージし続けた結果、その「あること」に向かって行動が繰り返され、それが習慣となり、それが自分なりの現実を作り出していく。
否定される自分にならないために、肯定される自分になろうと頑張る。
貧乏な自分にならないために、金持ちになろうと頑張る。
嫌われる自分にならないために、好かれる自分になろうと頑張る。
責められる自分にならないために、善い自分になろうと頑張る。
バカにされる自分にならないために、賢い自分になろうと頑張る。
見下される自分にならないために、えらい自分になろうと頑張る。
キモがられる自分にならないために、かっこいい自分になるために頑張る。
このように、根本には否定的な自分のイッメージがあり、そのイッメージを否定する形で肯定的なイッメージが作りあげられ、そうした否定と否定が組み合わさってできあがった肯定的なイッメージを自分の目的に据えていると、実際に根本的にイッメージしているのは否定的なものであるために、そういう自分に近づいて行くような動きをとってしまい、さらにそこに否定が働いているので、不安や恐怖や強迫観念が延々とつきまとうことになる。
だから、はたから見ると世間的価値を持っているように見える人も、よくよく見ると苦悩にあえいでいたりする。
ネバギバの精神で頑張ること自体は素晴らしいが、その目的なり方向性が間違っているとせっかくの努力がただひたすらに苦しみを生み続ける努力になってしまい、時間と労力がもったいない。
こういう人間はダメだから、こうならならければならない。
こういう人間は価値がないから、こうならなければならない。
このような思考パッターンで何かを目指していると苦しみしか生じない。
自分がこの思考パッターンに陥っているかどうかも見極めるためには、日々の生活において他人をどれだけ責め立てているかということを観察するといい。
自分を俯瞰的に眺め、自分はどれだけ人のことを責め立て、馬鹿にし、否定しているのか。そしてどのような性質の人を責め立て、バカにし、否定しているのか。
自分が息をするように他人に向ける敵意や憎悪が「こういう人間は価値がないからこうならなければならない」という自分にとっての恐怖や不安となり、その恐怖や不安に駆り立てられるように「何者か」を目指して頑張ることになってしまう。
繰り返すが、何らかの理想を持ち頑張ること自体は素晴らしいことなのだけれど、否定と否定の組み合わせによって生まれた「肯定的な自分」を理想として目指してもただただ自分が苦しくなるだけだ。
他人にやることは自分にも適用され、自分にやることは他人にも適用される。
自分の他人への思考パッターン及び反応パッターンを観察することによって、自分の自分への思考パッターン及び反応パッターンも認知することができる。認知することができたら、少しづつ変えていくことができる。
自分の根本に否定的で冷たいものがあり、それを否定する形で肯定的な自分の理想像が生まれているのであれば、自分の根本に始めから肯定的な理想像を持つことを心がければいい。
醜い自分、こんな自分はダメだから、きれいでならなければならない
貧乏な自分、こんな自分はダメだから、金持ちでなければならい
このような思考パッターンではなく
確かに醜い部分もあるけれど、きれいになっていきたいどすなー
確かに貧乏だけど、裕福になっていきたいどすなー
というように根本に否定と拒否と義務感ではなく、受容と肯定と前向きな意思がある状態を心がければいい。
なるほど。
今の自分がネバギバ精神で目指している理想像は自己否定の産物なのか自己受容の産物なのか、傍目には同じ理想像でも根本が違えば苦しみの有無に大きく影響していくる。
大丈夫だろうか。
声出して切り替えていこうと思う。