テイカーは、弱みをさらけ出せば、自分の優位と権限を危うくすることになると心配する。かたやギバーは、それよりずっと楽に自分の弱さを表に出す。
アダム・グラント『GIVE&TAKE 「与える人」こそ成功する時代』
テイカーというのは「価値のある自分像」というものに執着しているタイプの人で、自称テイカーではない自称大人の私たちの多くも実は「価値のある自分像」に執着している。
強い自分
完璧な自分
優秀な自分
正しい自分
善良な自分
かっこいい自分
執着しているということはそれ以外の部分が見えていないということで、現実が見えていないということになる。
自分のことを強い自分と思い込んでいても、実際には弱い側面もある。
自分のことを完璧な自分と思い込んでいても、実際には不完全な側面もある。
自分のことを優秀な自分と思い込んでいても、実際には無能な側面もある。
自分のことを正しい自分と思い込んでいても、実際には間違う側面もある。
自分のことを善良な自分と思い込んでいても、実際には悪の側面もある。
自分のことをかっこいい自分と思い込んでいても、実際にはダサい側面もある。
自分のことを思い込みでしか捉えられず、現実を拒否して思い込みにしがみつく。
自分がしがみついている価値のある自分像にとって都合の悪い側面はあってはいけないと思い込んでいる。
だから、自分の実際の側面を受け入れられない、表に出せない、表に出してはいけないと思い込んでいる、隠さないといけないと思っている、抹殺して別の側面のフリをしないといけないと思っている。
だからそのフリをするために、自分が受け入れきれていない側面と同じ側面をもっている人を責める、攻撃する、無視する、見下す、馬鹿にする、粗末に扱う。そうすることによって、私はお前とは違って価値のある人間なんだということを感じることができるからな。
自分の弱い側面を受け入れきれず強い自分像に執着している人は、弱い人を粗末に扱う。そうすることによって自分は強い人間なんだということを感じようとする。
自分の不完全な側面を受け入れきれず完璧な自分像に執着している人は、不完全な人を粗末に扱う。そうすることによって自分は完璧な人間なんだということを感じようとする。
自分の無能な側面を受け入れきれず優秀な自分像に執着している人は、無能な人を粗末に扱う。そうすることによって自分は優秀な人間なんだということを感じようとする。
自分の間違う側面を受け入れきれず正しい自分像に執着している人は、間違う人を粗末に扱う、そうすることによって自分は正しい人間なんだということを感じようとする。
自分の悪の側面を受け入れきれず善良な自分像に執着している人は、悪い人を粗末に扱う、そうすることによって自分は善良な人間なんだということを感じようとする。
自分のダサい側面を受け入れきれずかっこいい自分像に執着している人は、ダサい人を粗末に扱う、そうすることによって自分はかっこいい人間なんだということを感じようとする。
現実を受け入れきれず価値のある自分像に執着しているから他人を否定する。
実際の自分を受け入れきれないから、他人を否定する。
虚像にしがみつき、自分のことも粗末にし他人のことも粗末にする。
つまりは単純にこういうわけだ。
虚像と実際の自分を区別できない、思い込みと現実を区別できない。
「自分は正しい」という思い込みに囚われて、虚像と思い込みしか見えていない、虚像と思い込みしか見ようとしない。
私たちは息を吸っては吐くように他人を否定するが、他人を否定する人はどのような実際の自分の側面が受け入れられず、どのような価値のある自分像に執着しているのかしらん。
どのような虚像にしがみつき、自分と他人を粗末にしているのかしらん。
このような視点で自分や他人を眺めてみると面白い。
多くの人が自分と他人を大事にできることを切に願う。
声出して切り替えていこうと思う。