あなたの最大の目標は、金をできる限り増やすことではない。できる限り人生を豊かにすることである。それを忘れないで欲しい。そのような視点を持つと、生き方を大きく変えていけるようになる。
ビル・パーキンス『DIE WITH ZERO』
私たちは自分を定義するものを何も持たずに生まれてくる。
それから名前をつけられ、世間的に価値があるとされているものをかき集め、それらをもってして自分はこういう人間だと定義していき、それから自分を定義していると思われるものを全て(名前も肉体も全て)手放して消えていく。
ゼロで生まれてゼロで消える、というのが人生の実情だ。
自分というもの、セルフイッメージというものを一時的に定義してくれるようなものを必死にかき集めては握り締め、それらを根拠に自分はこういう人間だと思い込むが、諸行無常の理によってそれらの根拠は失われ、自分が何者かわからなくなる。
ゼロで生まれる、価値あるもの(金、思い出、学力、地位、権力、美貌など)をかき集める、そして諸行無常の理によって必ずゼロで死ぬ。
何をかき集めようと、自分を定義するものは一時的なものでしかなく、結局自分はゼロでしかない。
これはもうどうしようもない。
諸行無常の理は絶対だからな。
これはこれで仕方がないとして、ここで大事なことは、自分が結局ゼロでしかない自分自身をそれでも大事だと思えるかどうかだ。
価値のあるもので「価値のある人間」として定義された自分のことしか大事にできないのであれば、諸行無常の理によって、本来のゼロである自分の姿が露呈した時に自己否定が生じて苦しくなるのは必然だ。
(価値あるもので定義された価値のある自分でなければ自分を肯定できず、自己否定が生じて苦しくなるが故に、不安と恐怖をガソリンにして強迫的に世間的価値を追い求める羽目になる)
一方で、価値のあるもので「価値のある人間」として定義されていない自分、ゼロの自分でも、こんな自分は価値がないから消えたほうがいいと否定することなく、温かく肯定してあげられれれば、諸行無常の理は問題ではなくなり、不安と恐怖と強迫観念から解放される。
冒頭の引用文をより大きな視点で書き換えるならば以下のようになる。
“あなたの最大の目標は、金をできる限り増やすことではない。できる限りゼロの自分を肯定できるようになることである。それを忘れないで欲しい。そのような視点を持つと、生き方を大きく変えていけるようになる。”
ゼロの自分を肯定できるようになると、その分不安や恐怖や強迫観念が減り、その分人生も豊かになりやすくなる。
人生を豊かにするというと、いかに特別な思い出をたくさん作るか、いかに非日常的な体験を多くするか、という風に考えがちになるが、そういう思い出を自分を定義するものとして強迫的にかき集めても、いずれそれらは消え去り、それと同時にそれまでそういう思い出で定義していた自分像も消え去ることになる。
ここで言いたいのは、思い出づくりは意味がないからやめろと言っているわけではなく、特別な思い出があろうとなかろうと、あるいはそれに類する世間的に価値のあるものがあろうとなかろうと、そもそも自分はゼロであり、「これは自分だ」という自分像の根拠にしているものは全て一時的で相対的で必ず消え去る心もとないものなのだから、始めからゼロの自分を肯定できるようになっておいたほうがいいということだ。
ゼロの自分を肯定するための営みは、使っていないものを捨てる、という習慣が有効だ。
使っていないものを捨てて、身の回りを使っているものだけにする。
すると、自分を定義していると思われるものが減るし、どんなに大事に使っていても必ず使えなくなる時が来て手放すことになる。
この繰り返しを経験することで、自分を絶対的に定義するものはない、何を手に入れてもいずれは手放すことになる、ということがだんだんとわかってくる。
何ものにも定義できないゼロの自分がだんだんと見えてくる。
不確かで心もとないゼロの自分を定義しようとしていたことがだんだんとわかってくる。
ゼロで生まれて何かをかき集めてゼロで死ぬということがだんだんとわかってくる。
人生まじで諸行無常ということがだんだんとわかってくる。
声出して切り替えていこうと思う。