おすかわ平凡日常記

整え続ける日々

物質的に豊かになるには

私たちはある意味で物資的な豊かさを求めて生きている側面があるが、我々の言う「物質的な豊かさ」というのは「好きなものを好きなだけ手に入れられること」、「好きなものを好きなだけ所有すること」を意味してることが多い。

 

しかし、仏教の視点からすると、物質的豊かさというのは「大切なモノに囲まれていること」を意味する。

 

仏教でモノを「大切にする」ということはモノをちゃんと「使ってあげる」ということを指す。

 

毎日のように使っているもの、定期的に使っているものは、それがなければ至極困るものであり、それは自然と大切なものになる。愛着が湧き、価値が高まってくる。そうして価値が高まったものは、そう簡単に買い換えようとか、新しいモノと入れ替えようとはならない。

 

ということは、モノを好きなだけ手に入れたいという欲望は、今あるものを大切にしていないからこそ生じてくるといえる。

 

モノを大切にしない精神性、つまり、モノをきちんと使ってあげようとしない精神性の人間は、どれだけ新しいモノを手に入れても、手に入れた後はほとんど(あるいは全くもって)使うことがない故にそのモノの価値をグーンと下げてしまう。そうして価値の下がったモノは色褪せたように見える。だからこそ、まだ手にしていないモノが輝いて見え、それらをひたすらに求め続ける。この無限ループだ。

 

この無限ループにはまり込んでしまうと、時間とお金がモノにぐんぐんと吸い取られてしまい、モノはたくさんあるものの、虚無感に苛まれることになる。

 

そうならないように、仏教ではまず身の回りのモノの整理を勧める。使っているものは大切なものであるため手元に残す。使っていないものは大切ではないため捨てる。買った時の値段や思い出も関係ない。使っていないのであれば手放し、使うものだけを残す。

 

そうして整理を進めていくと、使う頻度の高い大事なものだけが残る。きちんと使ってあげることのできるものの量というのは決して多くはない。しかし、量としては少ないが、自分にとって価値のある大事なものに囲まれている生活というものが実現することになる。これが仏教の言うところの「物質的に豊かな生活」だ。

 

ないものを探して新たに手にいれようとするのではなく、使っているもの以外のものを手放していく。

 

私も少しづつ整理を進め、モノを大事にできる環境を整えていこうと思う。