おすかわ諸行無常日記

人生まじで諸行無常

人生苦と生活苦、その対策について


f:id:osukawa:20220101134116j:plain

「人類が直面している大きな疑問は、『人生の意味は何か?』ではなく、『どうやって苦しみから逃れるか?』だ」とユヴァル・ノア・ハラリ氏は述べている。


人生は一切皆苦。これをブッダも説いているわけであるが、人生は種々様々な苦で満ち溢れている。


苦しみには2種類あるという。


人生苦と生活苦だ。


人生苦というのは、人生における根源的な苦しみでそれは「死んだらどうなるのかわからない」苦しみだという。


死は必ずやってくる。


そしてその死後、我々は何がどうなるのか全くもってわからない。そこがはっきりとしないから、我々はどこか不安で、虚無的になる。時にはそれらが高じて、自ら命を絶ってしまうこともある。


この人生苦対策としては仏教を学び続けることが有効であると思う。なぜ仏教なのか、その理由を滔々と説くつもりはない。


仏教を学ぶのに私が活用しているのは、動画としては菊谷隆太さんのYoutubeチャンネル、書籍としては『歎異抄』と『教行信証』、その解説本として『歎異抄をひらく』、『歎異抄ってなんだろう』それくらいであるが、それらは学べることが非常に多い。仏教まじでやべぇと感嘆してしまう。


よし、これで人生苦対策はOK。


あとは生活苦。


生活苦は人生苦に比べると次元は下がるが、しかしながらその苦しみは我々凡夫にとって絶大なので対策はしかと講じるべきである。


生活苦は主に3つに分けられる。


貧・病・争だ。


貧は「金銭的な苦しみ」、病は「身体的苦しみ(精神的な苦しみも含まれるのかもしれない)」、争は「人間関係の苦しみ」だ。


これらは綺麗に3つ分けることができない場合が多いと思う。これらはお互いに影響し合うこともあるからな。


人間は苦しいと余裕をなくしてしまう。余裕をなくすと、冷静に合理的に判断することが難しくなる。そうすると適切ではない反応や判断をしてしまい、新たな苦しみを招いてしまう。この無限ループ。


ということはどこかで対策をし、余裕を生み出しさえすれば、その無限ループから抜け出せるということだ。


仏教も貧・病・争の生活苦に対する有効な対策になり得はするが、より個別的で直接的な対策も必要だろう。


「貧」対策としては、節約・消費・貯金・投資・詐欺対策をバランスよくできるように金融リテラシーを身につける必要がある。


そのために私はYoutubeで「リベラルアーツ大学」や「マネーセンスカレッジ」や節約系の動画を見たり、時折、金融リテラシー系の書籍を読んだりしている。


書籍でおすすめなのが、松浦幸太郎氏の『新しいお金術』、『バビロンの大富豪』、ロバート・キヨサキ氏の『金持ち父さん、貧乏父さん』、水瀬ケンイチ氏の『お金は寝かせて増やしなさい』だ。


「病」対策としては、十分な睡眠を心がけ、運動を習慣とし、食事に注意を払えば大丈夫だろう。


睡眠不足は百害あって一利なし。我々人間には毎日8〜9時間の睡眠が必要であるという。詳細はマシュー・ウォーカー氏の『睡眠こそ最強の解決策である』に譲るが、人間の生活は睡眠が土台であり、その上に運動や食事という柱を据えるべきなのだ。よって私は基本的に遅くても夜11時前には寝るようにし、朝の7時に起床することで、毎日8時間の睡眠は確保するように心がけていいる。


運動については、私は運動を行う日を週に5日設けている。その内容はジョギングと筋トレで、それぞれの負荷は軽い。無理なく続けられることが大切だ。


ジョギングは外を走ればいいし、筋トレは室内でヨガマット・ダンベル・懸垂マシンを使って行っている(部屋は8畳間だ)。よって、初期投資が終われば後はお金はほとんどかからない。


運動のモチベーションをあげるために何冊か本を読むことをおすすめする。おすすめは『脳を鍛えるには運動しかない!』と『ロジカル筋トレ』だ。自重トレーニングのメニューを組む際には、Youtubeにて「CALISLIFE自重トレ」というチャンネルから無理のないメニューを組み合わせれば良いと思う。


食事は基本的に一汁一菜で済ます。白米と野菜多めの味噌汁と漬物。これは庶民食としての和食の型であり、作るのが楽で、健康的で、経済的だ。その詳細は土井善晴氏の『一汁一菜でよいという提案』という本に書かれているので是非とも読んでいただきたい。


最後に「争」対策。これは言い換えれば「人間関係」対策であるが、これには礼儀やマナーで対応するしかないと思う。


嫌いな人間と無理して付き合う必要はないが、礼節を弁えて接すれば余計な争いごとに巻き込まれるリスクは低減できるはずだ。


あとは、清潔感のある服装を心がけるくらいか。


不潔な見た目は信頼感をも損ねかねない。信頼感を持たれないと、相手にしてもらえず、良好な関係に発展することが難しくなる可能性がある。


しかし、礼儀も清潔感のある見た目も大切だが、ここでは仏教の教えが直接的にも役立つかもしれない。


仏教では「人のせいにするな、身の上にふりかかったことは全部自分に原因がある」、「良いことをしろ、悪いことをするな」と繰り返し説かれており、それらを実践する人が人間関係のトラブルにぐわんぐわんに振り回されるとは思えないからな。


仏教は「争」の部分にだけではなく、「貧」や「病」対策にも有効である。


足るを知り、自制の効いた生活を送れば、浪費や過食を避けることができるからだ(言うは易く行うは難しであるが、やっぱ仏教すげぇわ)。


問題と対策がわかったので、あとはそれらを淡々と実践していくだけである。


しかし、上記の対策を盲目的に続けていてはカルト教団と同じになってしまうので、時折は各対策内容を見直していく機会も設けていこう。


諸行無常の理によって死なない限り、2022年もなんとかなりそうである。


P.S.

あけましておめでとうございます。