おすかわ諸行無常日記

人生まじで諸行無常

よくわからない主張で物事が決まっていく

最近職場で親睦会の会費の徴収を巡って議論になった。


私の職場には親睦会なるものがあり、原則月3000円を給料から天引きし、その積立金を歓迎会や暑気払いや忘年会や送別会に充てることにしている。


かつ、互助会的な機能もあるので、慶弔金等も会員の積立金から支払われる。


そして、積立金から飲み会費用と慶弔金費用と一定の繰越金を引いた余りの金額が毎年度末に返金される。


私にとっては特段何の不満もない仕組みだ。


しかし、コロナ禍により状況が変わり、結果的に今年度も親睦会主催の飲み会を一切行わないことになった。年度の一番最後の飲み会である送別会を行わないことがつい先日決まったのである。


そこで、1月〜3月までの給料からは会費の徴収をやめてみてはどうか、という意見が出た。


「すでに会員全員から9ヶ月分の会費をまるまる預かっており、よって今年度の慶弔金分は楽勝で確保されている。

また、以降飲み会を企画することはないため、これ以上会費を集めても無駄である。

無駄に総務の仕事を増やし、無駄に会員から会費を徴収しそのお金の使用機会を奪い、返金する手間が増えるだけである。

よって今年度の徴収はもうやめてもいいのではないか。」


なるほど。私としてはすんなりと納得できた。


しかし、世の中というのは広いもので、「使う当てがないからという理由で会費の徴収をストップすると親睦会に不信感を抱かれてしまう、だから親睦会の会費の徴収をストップするべきではない」という意見も出た。


これについては全くもって意味がわからなかった。


ここでいう「不信感」というものが具体的にどのような論理で発生してくる不信感で、具体的にどのような不信感なのか私には皆目見当がつかない。


むしろ、使うあてがないにもかかわらず頑なに徴収を続けようとする姿勢のほうが多くの人に不信感を抱かせてしまうのではないかと思うのだけれど、私はなにか大事な点を見逃したりしているのだろうか。


結局、私にとっては何を言っているのかよくわからない人、何かを言っているようで何も言っていないような人がごねたことによって、会費の徴収は無駄に続けられることとなった。

全会員から無駄に会費分の金額の使用機会が奪われ、総務は無駄に天引き作業を行い、親睦会幹事による返金作業が無駄に増えた。


個人的にお金についてはいずれ返って来るのでまぁいいが、それよりも恐ろしいのは、わけのわからない主張で物事が決められているという事実である。


「『使うあてがない状態でこれ以上会費を集めても無駄なので、会費の徴収をストップする』というようなことをやると親睦会に不信感を抱かれてしまう。親睦会の存在意義が問われてしまう」


やっぱりわからない。


これが愚昧な凡夫の限界なのだろうか。


いやそうではないだろう。

どう考えてもわけがわからない。

これが自称大人の思考なのか。


このようなわけのわからない思考の持ち主をどうにかしようとしても時間の無駄なので、なるべく振り回されないように、その種の人間とは極力関わらず距離を置くようにしよう。